2011年3月15日火曜日

モアのテーマ

前にも書いたが、僕の仙台での生活には沢山の思い出が残っている。

僕は近所の悪ガキのひとりだった。毎日学校が終わると意味なく集まって遊んだ。良くこれでもかという風に遊びが思いついたものだ。

悪ガキ仲間のひとりに父親のいない子(T君)がいて、母親の実家で暮らしていたのだが、母親が再婚して子供を置いて家を離れた。
どうやら、母親は多賀城という自転車で30分ぐらいの所に住んでいるとT君いつは言っていた。
「もうすこししたら母さんが迎えに来てくれるから、僕もそこで一緒に暮らすようになる」と静かに言っていた。

僕はT君の母親が住む多賀城に、二人で自転車をこいで行ったことがある。
でも、母親がどこに住んでいるか結局分からず引き返した。いつの間にか寡黙になったそいつは悲しいのだと思った。

その時だったと思う。
街道沿いの電柱にヤコペッティ監督の「世界残酷物語」の映画のポスターが張ってあり、想像を膨らました僕ははしゃいで色々なエグイ話をT君にした記憶がある。

一年後くらいか、T君は引き取られて多賀城に母親と共に暮らすようになった。将棋が強くて、僕より足が速かった。

その後、モアのテーマを聞く度に、あの子供時代の一コマが頭を過ぎる。

晩年、「世界残酷物語」を観るたら、残酷なのは人間だと言うメーセージ性の強い映画だった。綺麗な旋律の「モアのテーマ」が無常観を感じさせる。

僕の多賀城の記憶である。

今だから、曖昧かも知れぬが記憶には留めておこう。


 

2011年3月14日月曜日

あそこには海の劇場があった。

 
どのくらい前になるのだろう。

宮城県の気仙沼の唐桑町という所で、臨海劇場と銘打った町をあげてのイベントに参加した時の事を思い出してしまう。


僕は地元の有志たちに呼ばれたて、勇んで仲間たちと即興劇づくりのワークショップを作りに唐桑に行った。

臨海劇場とは、唐桑町の大きめの入り江に、竹を組んだ骨組みに船乗りたちからかき集めた大漁旗で覆った、海沿いに立ち上げた仮設劇場の事だ。

演目は、地元の人たちが演じる取材劇、そしてスターリンの遠藤ミチオのパンクロック、岡林信康が大人っぽく歌い、北方舞踏派系のアルタイ派と名乗る舞踏家たちが筏に乗って踊りながら海の向こうから現れる。

今でもはっきりと脳裏を横切る。
髪を逆立てている、遠藤ミチオの仙台からやって来た追っかけたちが、漁村ののどかな風情とは場違いな風に堰堤をうろうろしている。
暗黒舞踏の異形な風体の若者たちは、何故か風景に溶け込んでいたのが妙に気になった。


毎日、集会所に寸劇作りのために集まるのだが、参加している地元の奴らは時間通りにはまず来ない。ましてや途中で帰ってしまったりで、僕は業を煮やして実行委員会の人に「これじゃあ俺たちが何のために来たのか分からない」そう言って東京に引き上げようとした。

その翌朝の早朝のことだ。
宿舎で寝ていた僕の寝床の回りに実行委員会の何人かのメンバーが土下座して居るじゃないか、そして委員長が「頼む、分かってくれ!俺たちには俺たちの生活のリズムがあるんだ」うる覚えだが、そのような事を言って深々と頭を下げられた。
何せ寝込みを襲われ、半ば強引に引き留められ、再び芝居作りのワークショップは続けられた。


そして彼らは大漁旗で覆われた海の劇場で、巧みに観衆の笑いを取りながら演じる事を楽しんでいた。
その後、唐桑臨海劇場は数年続けて開かれた。




唐桑という場所は、気仙沼の北側に突き出たリアス式の半島で、マグロ遠洋漁業の漁師たちが大勢住むマグロ漁の基地のような所で、沢山の入り江ごとにある集落で出来た町だ。
猟師たちは遠洋へマグロを追って家には半年は帰ってこないので、男たちは普段は極めて少ない。


半島の小高い山頂の少し開けた所に小さな祠があり、そこからは気仙沼湾が一望できる場所がある。
そこは旦那が遠洋に漁に出かけるのを、女たちが見送る所なのだ。
そして男が乗る漁船は湾内を一周して、どこか遠くの海へと船出して行くそうだ。
船が見えなくなるまで見送ると、残された女たちは祠に無事を祈るのが習わしだと聞いた。


彼らの土地に根ざそうとする生き方、そこから生まれる矛盾など、未だに僕にはとうてい理解できない。彼らも僕のように演劇なんかに拘る生き方はまず理解できまい。
ただ、一夜の祭りのために必要としあった事だけは確かであり、そこで繰り広げられた芝居は、確かに観客と一つになり熱気を放っていた。
そして僕に演劇は一つだけではない事を教えてくれた。


いつの間にか僕も少しは大人になった、「もう帰る」など駄々は捏ねないだろう。
そう、いつの間にか時は過ぎる。
どんなに辛い時も、楽しい時すら移りすぎて行くようだ。



山伝いに火送りで、入り江に停泊している漁船に合図を送ると、波間に揺れる漁船は、打ち合わせ通り本ベル代わりに一斉に汽笛を鳴らす。

照明が灯る。入り江の水面は水鏡となり、海に面した土塀をゆらゆらと、幻想的に浮かび上がらせている。

鳴り物を鳴らし子供たちを先頭に、少し照れた地元の出演者たちが行進しながら、色鮮やかな大漁旗の劇場に入場して行く。

座布団持参の観客の甲高いしわがれ声がわき上がる。

さあ、始まりだ!

2011年3月12日土曜日

大津波。

僕が育ったのが仙台なので、海の方には良く遊びに行った。
よく知った今回の被災地の惨状には言葉を失う。
そして一緒に遊んだ奴らは気丈夫でいるだろうか?


それから、三陸沿岸は入り組んだ入り江ごとに集落があり、今だ報道されていない惨状を想像するに余りある。

頑張ってくれ。

2011年3月9日水曜日

「裁き手は世界を焼き尽くさん」の動画をUPします。

最早、他劇団の舞台すら演出的に観てしまう癖はしょうがないと思っている。芝居の楽しみ方が、どんどん薄れていくのは僕だけなのだろうか?

客席に座ると上を見て、まず照明スポットの数と吊り方をチェックしている自分がいる。一番呆れるのは面白い場面では、回りの観客の表情を観察している。こりゃあ最悪の観客だろう。

作り手が力を入れ、芝居の見せ場としている箇所は、概ね灯体の光量が劇中、最大だったりする。

自分が演出する時もその傾向になる。明かりを作る段階で全てのフェーダーがフルゲージになって行く。

今回、UPしている赤のファウストの「裁き手は世界を焼き尽くさん」の場面が、その典型だろう。
無謀を承知での、4部合唱に役者がチャレンジして稽古姿を知っている者としては、つい力が入ってしまう。


この場面は、マルガレーテが逃れられない罪の呵責から、黙示録的世界に押しつぶされ自己崩壊をする中で、幻影たちに唱われている曲だ。

ウンプテンプ・カンパニーの芝居では、「罪」と言う意識をモチーフにする事が多々あるが、ゲーテのファウストではこれでもかと言うほど、くっきりと描かれている。
もしかしたら、逃れられない罪の意識が僕の中に巣くっていて、普段は顕在化していないだけかも知れない。


作曲・演奏は神田晋一郎、訳は柴田翔氏 赤のファーストより「裁き手は世界を焼き尽くさん」



唱うは「赤のファウスト」、オールキャスト、実は袖でも一生懸命唱っています。



2011年3月3日木曜日

「新たなる門手への祝いの歌」

「赤のファウスト」の企画段階で合唱を取り入れようと思い立ったのは良いのですが、合唱曲を作れる作曲家のあてがなく、思案に暮れてました。

その時に、勇気を振り絞って、音楽家の三宅榛名さんに相談に乗ってもいました。榛名さんは丁寧に僕の幾つかの相談に答えてくれたのを思い出します。
まったく予算も、具体的な演出プランもはっきりとしてない段階だったので、榛名さんに突っ込まれたらどうしようと内心どきどきしながら、お会いしたのを今でも覚えています。

その場ですぐに電話して貰い、次の日に合たのが神田晋一郎氏でした。彼は少し緊張気味でしたが、その後立て続けに5本の演目全ての音楽を担当して、毎回、生演奏でピアノを弾いてもらっています。

そして毎回、僕の無謀なプランを面白がって作品作りに挑んでくれています。
苦楽を共にしながら、世界を膨らませてくれる彼の存在は、最早ウンプテンプ・カンパニーには無くてはならない才能です。

と言うわけで、今回は赤のファーストから「新たなる門手への祝いの歌」をUPします。
この曲を聴いて、新たな人間との出会いの経緯がふと脳裏に過ぎった次第です。

ファストが悪魔メフィストフェレスにささやかれ、自ら送ってきた人生を憎悪し悶々とし、悪魔は霊達を呼び、ファウストを誘わせるように歌い出される曲です。そしてファウストは悪魔との契約を交わします。

人が生きている間には知る事が敵わない、陶酔と快楽をお望みのまま与えるが、その代わり「とどまれ。お前は美しい」口走ったら魂を奪うことをファウストは誓うのでした。



唱うは左から/薬師寺尚子/手塚謹弥/土田有希/成田明加/西郷まどか

作曲/神田晋一郎 作詞/ゲーテ 翻訳/柴田翔 演出/長谷トオル


2011年2月24日木曜日

「トゥーレの王様」赤のファーストより

せんがわ劇場で上演した「赤のファースト」からトゥーレの王様。

作曲は神田晋一郎、1番を森勢ちひろが歌い、2番を歌うは小田晃生君でした。

ファーストに出会ったマルガレーテが上気しながら口ずさむ、伝説のトゥーレの国の滅亡の詩だったと記憶しています。
尨犬に姿を変えたメフィストフェレスがマルガレーテの様子を観に来ている場面です。

「トゥーレの王様」は本当は5番まである叙事詩なのです。





2011年2月17日木曜日

絵空箱がオープンするぞ。

ウンプテンプの立ち上げから一緒に苦楽を共にしてきた、吉野翼が念願のフリースペース「絵空箱」を江戸川橋にオープンします。

昨日、工事中の中見学を兼ねて下見をしてきたのですが、コンセプトもはっきりとして面白いことが出来そうな空間になりそうです。
間もないオープニングにてんやわんやの感でしたが、顔付きは充実していたのが印象的でした。
このような空間を持ちたいと、翼君が若いときから聞いていたので、夢の実現に向かって進んで行く彼が心地よく思えました。

上手く軌道に乗り、表現の発信地になればと陰ながら思う次第です。
下に「絵空箱」のアドレスを載せておきます。

http://esorabako.com/

水曜日は動画のUPしていきます。

今回も「赤のファウスト」から、『 ぼくは素敵な小鳥になって』(W.ゲーテ/神田晋一郎/訳:柴田翔)

「御伽の国に飛んでいくの」になっていますが、これは僕が勝手に付けたタイトルなのですが、正確には、『 ぼくは素敵な小鳥になって』と柴田翔さんから教えてもらいました。

マルガレーテがファウストとの間に生んだ不義の赤ん坊を殺した罪で牢獄に鎖で繋がれ、気が触れながら口ずさむ歌です。
その後ファウストが悪魔メフィストと共に現れ、狂ったマルガレーテと再開するのですが、マルガレーテは悪魔に身を売ったファウストを畏れ突き放します。そして神に許しを請いながら、断頭台で処刑されてしまうと言った有名な件です。

歌っているのは、ウンプテンプ・カンパニーの「森勢ちひろ」です。


2011年2月15日火曜日

ベルナルダ・アルバの家 キャスト決定

ようやく次回作の「ベルナルダ・アルバの家」の女優陣の顔ぶれが決まりました。

世代や様々な経験、そうしたバランスを鑑みながら組みました。まず大事なのは芝居に対する気概と、情熱を持った役者達が集まる事だと思っています。

さあ、どこまで行けるか、ここからです。

出演者

新井純   坪井美香  中川安奈   内田晴子  こいけけいこ  蜂谷眞未   薬師寺尚子    成田明加    森勢ちひろ    西郷まどか



稽古場は賑やかに、時に艶やかにしっとりと、そして真剣な眼差しで、 そんな稽古風情が想像できます。

2011年2月9日水曜日

再び動画のアップ

前々回せんがわ劇場で上演した「赤のファウスト」の動画の二本立てです。

「ファウスト」とはご存じ、かの有名なゲーテさんが生涯を費やして書いた長編戯曲です。
昔は男性学生には親しまれた作品だったのです。

あらゆる学問を究めた老博士が、今だ知る事の出来ない真理に焦がれて、普遍的な人生の喜びとして享楽を得るために、悪魔メフィストフェレスに魂を売るといった話です。

歳を取っていくとファウスト博士の自責の念と、そこはかとなく襲ってくる無量感が何となく理解できます。男性の倦怠期と言う奴かも知れませんね。無軌道なほどに迸る衝動に身を任せたいと老いると誰もが、その神秘に焦がれるのかも知れません。

僕自身も何故か身近に感じながらこの作品を作った感があります。

教訓は「若い内に遊んでおけ!」ですね。



2011年2月3日木曜日

動画をアップしました。

「赤のファウスト」の一場面 劇中歌「キリストは蘇りぬ」

ゲーテ作「ファウスト 第一部」から  柴田翔訳   音楽 神田晋一郎

ようやく、過去作品の動画をUP出来るようになりました。

どんなに精魂込めて作った作品でも、芝居とは泡沫の恋のようなもの。
幕を閉じれば全て記憶の中に消えていくもです。

ただ残り香のように舞台写真や動画が、そのよすがを蘇らせてくれます。
これから、随時動画をアップしていきますので、ウンプテンプ・カンパニーの作品世界の幾分かを感じ取って下さい。

神田氏から曲が上がってきた時は歌えるのかな?と思いましたが、役者というものは、やろうとすれば何とかなるもの、それがまた不思議で怖いのです。
そう、成せばなる、成さねば成らぬ何事も…。




2011年1月5日水曜日

「ベルナルダ・アルバの家」は女だらけ

そうなんです。次回の作品は女だけの芝居なのです。
男は名前と気配だけがするだけ。
僕としては実は楽しみなのです。今日日、男が軟弱だからと言って女だけが登場する芝居を選んだわけでは決してありません。

イケメン俳優達に殺陣でもさせればお客が入るご時世かも知れませんが、そこは捻くれものの悲しさ、女だけでしっかりとした芝居で魅せたいと思ってしまいました。

話は変わりますが、先日、某美術家の女性が「女は35歳を境に成長が止まるのよ」どうしてなのかと僕に聞いてきました。そんなこと考えてもみなかったのですが、思い当たる顔が何人か浮かびました。

女は40歳からだと思っていた僕には、この思いもよらなかった設問は、これからの命題になっていくかもしれない。

2011年1月3日月曜日

謹賀新年

「正念場」この言葉が頭を過ぎった。

何回目か忘れたが、自分が自分で有り続ける為の踏ん張り所のような気がする、そんな節目となる年だ。

2010年12月31日金曜日

「ベルナルダ・アルバの家」へ向かって今年も暮れる

今年を振り返るなんて事は僕はしないで、毎年除夜の鐘を聞く。
行く年来る年何て言っても、たった一夜の出来事としか思えない。

だが、今年は特別な年なのかも知れない。
ウンプテンプ・カンパニーを立ち上げ三カ年計画を公表して、4本の連続公演を打つ続けて来た。その最後の年を迎えるのだから、しっかり出来たことと、そうはいかなかったことを踏まえなくてはと思っている。

自らの原則にぶれることなく、易きに流れず一本一本しっかりと芝居をやり続けることがどんなに難しいことか、改めて思い知る。
何しろ芝居は一人では出来ないのだから、当たり前の事と言えば当たり前だ。

次回作へ向け、誰に何と思われようが果敢に進んで行かなければならないのだ。
変に訳知りの大人などにならず、寧ろ自らの沸き起こる欲望に従おう。唇を歪ませながら、虎視眈々と演劇を企てていこう。
見えない醜悪なるものに抗い続けている自分は今だ健在だ。
成せばなると信じていた、若いときと何も変わらないで居たいものだ。

そして内に生じる怒りにも似た懐疑心と混乱、そして焦燥感こそ、清い作品を生み出す肥やしのようなもの、だから今はさ迷いながら除夜の鐘でも聞こう。

2010年11月26日金曜日

ウンプテンプ・カンパニー第10回公演決定!


次回公演が正式に決まりましたので、いち早く発表します。

昨年、好評の内終演した「血の婚礼」に引き続き、ロルカ三大悲劇の傑作と称される「ベルナルダ・アルバの家」を上演いたします。

開場は再び両国の「シアターΧ」で行います。
2011年9/1~9/4までの6ステージ公演です。

ベルナルダ・アルバ役は新井純、その5人の娘達はウンプテンプお馴染みの女優達が集います。
そう、今回は女だけの芝居なのです。
そして神田晋一郎氏の作曲と生演奏もお楽しみに。

「牡丹江非恋歌」の満州から再びアンダルシアへと戻り、何だか里帰りした感じがします。
また一風変わったウンプテンプ流に味付けしたガルシーア・ロルカの芝居をお見せしたいと思います。

また詳細が決まりましたらお知らせします。

胸を掻きむしられるほど、僕はロルカが好きです。

2010年11月19日金曜日

「牡丹江非恋歌」無事に終演いたしました。

「牡丹江非恋歌」9ステージ公演、つつがなく終わりました。
観に来てくれた大勢の方々、ご尽力くれた人たちには心より感謝致します。

今回は連続公演の谷間にあたる公演だったので、やばいと思い気合いを入れて台本作りに専念しました。

テキストを真ん中において、稽古場が動き始めればとの思いを込め、半年間、資料を読み漁り、何とかちゃんとした本が出来ました。
稽古は案の定大変でしたが、いつしか全員で世界感を共有して自分自身が好きな作品になりました。

終わった瞬間に燃え尽きました。
寄る年波には勝てないものですね。

次回作はもう少ししたら告知します。
これだけは言えます、全く違った作品になる事でしょう。

皆さんお疲れさまでした。

2010年11月15日月曜日

お客の評判は上々。




「牡丹江非恋歌」も残り3ステージのみ、日々かなり手ごたいを感じる上演を続けている。役者もしんどいだろうがもう人踏ん張り、歴史に名を残す勢いで行け行け!

役者は良くやっているのは分かる、がこんなもんじゃあない、もっと高見を目指すぞ、いくら評判が良くても、まだまだ未完成なのだ、やり足りない部分など星の数ほど有るのに、
いま風の演劇を蹴散らすいきおいモットほしい。

2010年11月12日金曜日

「牡丹江非恋歌」無事に初日を迎える

いつものことだが、またばたばたと初日を迎えた。
初日乾杯のたった一口のビールでふらふらと酔った、これも僕の恒例。
芝居の方は無事幕が開い、お客の集中力に助けられた舞台だった。
しかし相手と芝居をするのがどんなに難しいかよく分かった。
役者よもっともっとその事を肝に銘じて、果敢に客席に向かってくれ。
あとは8ステージ、まだまだこの芝居は成長していくだろう、とても楽しみだ。

「牡丹江非恋歌」劇中から

水の流れる音が聞こえてくる。
追い求めた父の後ろ姿は時代の波に飲みこまれ、杳として消えた。
私だけ喘ぎながら息をして、細々と生きている。
あの時、私は何と口づけを交わしたんだろう?
大切な物だった気がする。
…広々とした空を風が遊んでいる。

そこはかとなく深い思いが沸き起こって来る、そんな不思議な芝居です。
まだ席が空いていますので、是非観に来て下さい。

2010年10月6日水曜日

「牡丹江非恋歌」稽古真っ直中!

新作の稽古場は迷走しながら進む。今回の役者男性陣の3名がウンプテンプ初参加で、かなり緊張していたが、徐々に打ち解けてきたように思える。思ったより早く適度な距離感で稽古場が進む。
何となく芝居の世界感が見え始めてきたのかも知れない。
先日、黒沢明の「デルス・ウザーラ」を役者に見て貰ったら、芝居が変わり始めた。黒沢恐るべし。でも良い映画だ。

「牡丹江非恋歌」はとにかく難しい芝居だと思う。だって自分自身未知の部分が石ころのようにごろごろ転がっている。僕にとっては、それが面白いのだが、役者は主体的であり続け無ければならない、それが大変だ。

大きな壁に立ち塞がれないで、予定通り稽古が進めばかなりの不思議な芝居が生まれるかも知れない。しかし何か起こるのが稽古場というモノ。

来週から一週間は少し詰めたハードな稽古をする予定だが、最近は役者の事より自分の体力が持つか心配だ。でも超さなければならないハードルというモノは芝居作りにはある。誰がどうのと言うより全体を二段階ぐらい上げておけば、後が楽になる。
いつの間にか計画的な人間になってしまった。行き当たりばったりが信条だった僕が、ああ、やんぬるかな!

芝居としては面白いものになるはずなので、どうかご覧あれ。
見なきゃ損をするそんな芝居だろう、きっと。

何しろ、満州とオンデーヌとバタイユと阿片とが絡まり切って、外輪船に揺られて牡丹江を流れていくのだから 、見た事のない芝居にはなるはずだ。

 

2010年9月12日日曜日

一日寝ていた。

今日は、睡眠に襲われ何年かぶりで、一日中、向こうの世界に過ごしていた。
台本も第二稿をメンバーに提出し、最初のスタッフ会議も終わり、チケット売りも開始したので、安堵の一段落なのだろう。

台本は最終稿まで、どこまで詰め切れるか体力との勝負と言った所。
稽古場では台本を真ん中に置いて、皆が向き合いたいものだ、僕にとって当たり前の事なのだが…。
僕にとって当たり前の事とは、僕に芝居を教えてくれた先達たちの拘ってきた事なのだ。
今日、睡眠に微睡んでいる最中に、先輩がまた一人亡くなった。
今度の芝居はまたもや、僕流の「弔い」になるだろう。

良い芝居にしなくては。

2010年7月25日日曜日

第9回公演のお知らせ

「牡丹江非恋歌」


時は日本による満州国建設直後とします。

物語はフィクションです。

舞台は満州の牡丹江を下る蒸気船の中で繰り広げられます。

行方不明になった父を探しに渡満してきた男、三四郎が経験する水の精との幻想の恋と、やがて知る事になる父親の死の真相、そして偽りに満ちた現実によって構成されていくでしょう。河を迷走する船のように運命に翻弄されていく時代と、そんな時代に生きた様々な人間たちの哀歌として語られて行ければと考えています。

ものごとの清濁が交じり、姿を変幻に代え、つかみ所のない、まるで水の流れのような話になるでしょう。不可思議な人の心と言う物が、流れに映れば良いのですが…。

上演日 11月11日~16日(9st)まで
場所 日暮里 D-倉庫にて
前売り 3500円 当日3800円
観覧日指定の全自由席です。

そう言うことで、只今次回上演の準備に大忙しです。
9月下旬からの稽古INまでに、やらなければ成らない事が沢山あり、毎回の事ですが、ルーティーンワークのようにはスムーズに事は運びません。
そんな物です。


今回の舞台は、満州を流れる牡丹江を下る船の中という設定で現在、加蘭京子が執筆中。僕は書かせ役に徹しています。

中国の近代史は、調べれば調べるほどに歴史認識が多様であり、そして当時の世界情勢との関係が複雑怪奇です。

一つはっきりしたことは、日本帝国のスローガンとして掲げた「八紘一宇」という概念と「マルクス・レーニン主義」が概ねそれほど違わないことが分かりました。方や神話からの抜粋なのでよく分からないのです。
しかしスローガンなるものを掲げれば掲げるほど、現実と理想が遊離していくものなのだと思う次第です。

ソ連崩壊以後に出てきた機密文書などを知ると、ますます何が真実なのか分からなくなります。僕が当時、学校で受けた近代史が随分と偏っていたのだと改めて思う次第です。

長い時間軸で、ものごとの是非を捉えると、終わり悪ければ全て悪しとなるわけですね。
芝居もやりゃあ良いというものでないのでしょうね。

2010年2月8日月曜日

血の婚礼 舞台写真

「血の婚礼」舞台写真




「血の婚礼」の上演が終了してどのくらい経つのだろう。
ようやく朝、起き抜けに芝居の事が頭を過ぎらなくなってきた。

そうして、昨日、「血の婚礼」制作委員会の面々と会合を開いた。
みんなも僕と同じだったような状態だったと聞いて、微笑ましく思えた。
決算をだして、ようやく今回の公演は終わった。
そして舞台写真を大量に手渡され、何と言うことか!今、再び「血の婚礼」とはどんな芝居だったのだろうと考え出している。

終演後、様々な人の感想は聞いていてたが、芝居にひっそりと託したモノを今回はあまり見透かされた気がしなかった。

多分、芝居の仕上がりが不鮮明だったのだろう。
まあそれは良しとして、上がってきた舞台写真が綺麗なので、最早すっかり傍観者のように見とれてしまっている自分がいる。

今なら今回の芝居について少しははっきりとした言葉に出来るかも知れないが、今更それも空しいので胸に締めておこう。

ただ、どんなに力んでみても一人では作れないが演劇であることを改めて舞台写真を観て強く思う。

もう暫く迷走しながらでも、困窮する今と言う現実に抗い、しっかりとした芝居を身を削ってでも作っていこう。

舞台には登場していない、血の婚礼の芝居を考え支えていた沢山のスタッフ達に、心底お疲れさまと言おう。 

 

2010年2月1日月曜日

「血の婚礼」の終演

シアターΧ提携公演「血の婚礼」が無事終演いたしました。

大所帯で望んだ今回の公演は、いくつかの課題を残し、いくつかの成果を掲げてあっという間に過ぎていった。
公演のために大勢の方々の協力なくしては、初日すら迎えられなかったであろう。
声援して頂いた皆様に静かに有難うと言いたい。

個人的には演出という役割について、嫌でも考えさせられた公演に成った。
芝居作りの分業化事態あまり好ましく思っていないのだが、箱が大きくなると、嫌でも各部署での役割と責任が生じてくるようだ。
だからといってパッチワークのような芝居だけは作りたくない。
やはりここいらがポイントか?

最終段階の作品作りで、どこまで詰め切れるかが重要であることは当初から分かっていても、現実、限られた中、体力と時間と智恵を絞り出さなければならない、その事が痛いほど身につまされた公演でもあった。
演出など、やりたいことの5割でも出来れば御の字と思っているが、今回は5割を割っていたかも知れない。
最初から難物ガルシア・ロルカにチャレンジなのだから、良しとするか。
安い話になるよりはまだ増しだ。

しかし正直、悔しい思いはある。
また、再チャレンジしたいと思わせてくれた、そんな「血の婚礼」だった。
また1からスタートをして次の作品に向かおう。
まだどこかなくすぶっている「血の婚礼」を消し去り、頭も心もエンブテーにして、意欲、いや怒りが沸き起こるのを待つとしよう。

役者陣は精一杯、エナジーを絞り出して演じてくれていたので、各々は今回の経験が先に繋がっていくだろう。
ベテラン俳優があれほど苦労し、思いを迸ってくれたのだから、若い俳優たちには有形無形の財産と成ったことを願うばかりだ。

昔からの友人に清い芝居だったと言われたことが嬉しかった。

2009年12月16日水曜日

稽古は一喜一憂する。


「血の婚礼」舞台模型



「血の婚礼」の稽古もそろそろ中盤にさしかかってきた。
順調と言えば順調だが、案の定まだこの戯曲の底流に流れている水脈は掘り起こせていないが、
役者の集中力は日増しに増しているから、いつかは水が噴き出すだろうと少し楽観的に思える。
作曲家や振り付けの物作りのテンションが込み上がってくるのを感じ、にんまりはしているが、役者の毒気を一身に受けてしまったのか、僕の身体が膿だして痛い。
この手合いの強く烈しい芝居では、こうした事は度々あり慣れっこだが、自ら溜まった膿を吐き出す力が弱っているようで、何時までも腫れが引かないので医者に行ってしまった。もう歳なのかと思う。

こういうときは、がんばりすぎず全体に身を委ねるのに限る。経験則から得た唯一の智恵かもしれない。

凄い芝居に成る予感がするが、芝居にふるい落とされないように、時には葦の茂みのようにやり過ごさねばと思う。

さて、これから今日の稽古へ向かおう。








2009年11月30日月曜日

今日は音楽のレッスンでいた。





歌を歌う者達(一生懸命)


神田晋一郎による歌と即興とボディーリズムと動きのエチュードを行った。
メーセージ性の強いエチュードだった、「歌を1音1音しっかり歌うのは大変なんだぞ」と繰り返し言っていたので、多分これがメッセージだたのだろう。
それにしてもトークが上手くなったように思える。神田氏の、しみじみと語る1音の意味、苦悩の人生が滲み出ていた。

役者たちは彼の滲み出る切ない思いに誘われ、集中力が増してくるから不思議。

いよいよ明日から、血の婚礼のテーブル稽古だ。
作戦はなしで行こう、喋りすぎないように気を付けよう。妄想を語るのは止めよう。
粛々と掘り下げていけると良いが…どうなる事やら。

今回は、伊藤多恵さんや神田晋一郎など才能豊かな人材ががんばってくれているのだから、僕は、ただ、にこにこしながらみんなの読みを聞いていよう。そんな人に早くなりたい。



2009年11月29日日曜日

本日から「血の婚礼の」稽古IN






出演者たちが踊る?ピアニストも踊る?


今日は「血の婚礼」の振り付けの伊藤多恵さんによるワークショップを行った。
僕はただ観ているだけだったが、多恵さんの具体的で的確な示唆を聞いていて、なるほどと思えたし、同じ事柄を伝えるにも「動く」という観点からだと的を得て分かりやすく伝わるのだと思えた。役者は一度こういうワークショップを経験すると良いと思えた。
演じる時にとかく、心理とか感情で埋めてしまう事があるが、それがどういう事で、何がいけないのか、身体そのもので分かるからだ。

やはり表現とは、肩から力が抜けて、そこに屹立しているニュートラルな状態から生み出されるものだと、改めて思う。



一番下の先頭に立っているのが、今回の作曲・ピアノ演奏の神田さんだ。
明日はその神田さんが、音と声のワークショップを行う番だ。

僕はワークショップと言う言葉はあまり好きではないが、個々には目に見えない成果は確実に感じ取れたと思えるし、今日の経験はこれから築き上げていく「血の婚礼」の芝居全体に影響していくだろう。






2009年11月26日木曜日

演劇的素数

数学の最大級の問題として有名な、19世紀に提案したリーマン予想というものがある。
これは数の並びに、素数が不連続に無限に連なっていると、古代ギリシャの数学者ユークリッドが提唱して、その後、数々の天才数学者が、素数の並びの法則を解き明かそうとして今も尚解明出来ていないのである。リーマン予想とは、ゼーター関数なるものに素数を置き換えるとゼロ地点に一線上に並ぶと予想した問題定義なのであるが。

何故、天才数学者がこの難問に挑むかというと、無限に存在する素数の法則を知ることが万物の摂理を知る事に繋がると夢想してしまうらしい。

僕にはそんな根気も学識もないのだが、彼らの求めてしまう欲求が分からないでもない。
ご存じ素数とは、1と自分自身でしか割れない数であり、言い換えればそれ以上でもなくそれ以下でもない数字なのである。
コンビニのセブンイレブンには隠された暗号が秘めているのかも知れない。

現代の最新のスーパーコンピューターを使ってどのくらいの素数が打ち出されたかというと、確か165億桁あたりまで発見されているというが、想像も出来ない数字であることだけは確かである。しかし無限大からすると屁のような数なのでもある。そう思うと、がっくりと肩の力が抜けてしまう。


話を演劇に戻そう。

僕は演劇作りも数学に似た部分を良く感じる。
演劇も、それ以上でも以下でもないポイントを発見して、その点を繋げていく作業だと思えることがある。そして稽古場でそれを実感することも多々あり、その点を不連続に発見するのだが、そこには何かの法則が有るような気がして成らないが、どうやらそれは演劇の神様だけが知る領域なのかも知れない。

それ以上でも以下でもないポイントをどのくらい発見出来るか楽しみなのであるが、作るのは人間、欲もあれば邪念も生じ、保身にもまみれる。この人間の様をみるのも楽しいと思えなければ、演劇は享楽から研究に変わり、稽古場は、研究室か道場のようなものに成ってしまう。
ああ、そんなのは嫌だ。
救いは、演劇には本番が用意されていて、分かろうが分かるまいが、やらなければ成らないのである。
出来るまで生涯をかけて作り続け無くても、止ん事無きかな、終演がすぐに来るのである。

ただ、それ以上でも以下でもない、「瞬間」を皆で味わいたいものだ。
そう僕の現実感は至って気迫であり、無限と瞬間とは背中合わせの関係に感じられてしまう。



次回作「血の婚礼」の稽古ももうすぐ始まる。

僕も役者の経験があるから分かるのだが、稽古INする前の役者の精神状態は不安定になるもので、演出を始めてから、役者でなくて良かったと思えてしまう今は稽古IN直前なのである。
だから、僕は台本も取りあえず上げて、今は暢気なことを言ってられる唯一の時なのだ。
逆に早く人間である出演者たちと触れ合いたいと切望している。
 
 

2009年11月3日火曜日

寒くなった。

「実に寒い」と思ったら早、11月に入っていた。
すこぶる体調悪し、氷雨が顔に当たり、頭がキンキンしだした。

次回作の顔合わせをした後、少し芝居から頭を放してみようと思ったら、体調まで悪くなってしまった。
芝居の事を考えてないとダメって事なのか?ナンタルチヤ!

と言うことで、また考え出したら元気になり出してきた。

「血の婚礼」という芝居の役名は一人だけ名前があるが、後は村の女とか娘1とか青年2とか、母親とか花嫁とか敢えて記号化されているので、僕としては人物に入りにくい。
若い頃はチェーホフとかの芝居で、舞台でナターシャとか呼んでいると、虫ずが走る感じがした、俗に言う赤毛モノと言う奴だが、それに比べれば幾分ましかもしれない。

ロルカが敢えて固有名詞を付けない「血の婚礼」の真意は、どこにあるのだろうと、考えてはまたその考えを疑りだす。
唯一の役名が「レオナルド」と呼ぶ既婚の男だが、この名前に纏わる事柄が物語を貫くキーワードに成っていくのは、少し考えれば誰にでも分かる答えだろう。
それから、どこの田舎でも起こりうる偏在的な物語として読むというのも、在り来たりの解釈だろう。

最初に感じる違和感を突き詰めて行くと、鉱脈を掘り起こせるときがあるものだ。もう少し考えよう。
でも、どうも理屈ではないような気がして成らない。

時間を少し置いて、改めて読み直すと新たな疑問が立ち現れ、芝居の世界に誘いだしてくれる。頭でいくら考えても、人間の不可解さや、関係の不条理さは、現実に起こりうる事柄を超えられやしないのだ。
何故人は争うのか?何故人は血を流し続けるのか?憎しみは何をもたらすのか?


 

2009年10月29日木曜日

本読み敢行する。

先日、みんなで「血の婚礼」の第二稿の本読みをしました。
上演台本を書くのに参考にと思い企画したのです。
まだ本稽古は一ヶ月後ですが、そろそろ役者は各々準備をして貰わなければ成りませんから…。稽古INしてから準備しだしても間に合わないことなど沢山ありますからね。
そして初読みはおかしな緊張感があって楽しめます。
いや失礼。その人となりが一番分かるという意味で楽しいのです。
でも、駄目出しが出来ないのはもどかしいですし、我慢するのが大変です。


どうも最近の傾向として、役者が年間何本も芝居をするようになりました。
劇団性の求心力が弱くなったためなのか?作・演出が当たり前に成ってきたためなのか?分かりませんが、役者には、一本一本もっとじっくり芝居をして貰いたいと思うの次第です。
芝居なんかは、やりゃあ良いという類のモノでもないですからね。

2009年10月24日土曜日

いよいよ前売り開始!

次回作「血の婚礼」の前売りが昨日から開始しました。

もう後戻りが出来ない感じがして、忘れているものはないか?やり残したことはないか?と、ちょっと心配になるのです。
演劇は勿論これから作っていくのですが、僕にはここまでの準備の過程で、すでに作品が出来不出来が運命づけられている、そんな気がして成りません。

今回は新しい試みをしたいし、参加するメンバーの顔ぶれも実に多彩なので、わくわくする一方、どこか一抹の不安が残ります。
でも、ロルカの作品に触れて行く内にどんどん世界にのめり込んで行っている自分が分かります。
もしかしたら自分一人が盛り上がっているだけかも知れないと言う、疑心暗鬼が不安にさせているのかも知れませんが、どうやらこの裏腹の思いは毎度のことでした。

みんな揃ってさあ行こう、何て信じていません。
常に誰か個人が突出してリードしていくのが原理です、そしてその誰かは常に変わりうる物だと思っています。

ロルカは僕の中では思い込みも多々あり、一連の関心の流れの中に連なる作家であり、僕が手がける作品の根底には同じものが流れています。
「血の婚礼」は、ロルカの作品の中でも実に多面性があり、きわめて魅力的な作品だと思っています。
こねくり回さないで、シンプルにアプローチしていくに限ります。

前回、宮沢賢治をやりましたが、ロルカとは、とても似通った共通のものを感じています。二人の生きた時代や土着性とモダニズムの混在、そして性と死について扱っている点でしょうか、ただ風土がもたらす太陽や草花や土の色合いだけは、はっきりと違います。この違いが僕にとっては難しそうです。

これからどんな舞台が出来上がるか楽しみですが、今風の芝居で無いことだけははっきりしている気がします。
群衆劇としてロルカの世界の核だけは見失わずに、劇化していきたく思っています。

やっぱりロルカは良いですね。
 
 
老いも若きもご覧になって頂きたい、そんな思いです。