2008年9月23日火曜日

大忙しで駆け回る


今日はチラシの裏に載せる役者の集合写真を撮ってきた。
場所は石神井にはあ某湿地帯、地元に住んでないとまず知らないだろう所。
突然へんてこな一群が押し寄せたので、蚊がブンブンと若い順から刺さしていた。

僕は、蚊除けを買いに行ったり、駅まで迎えに行ったり、予備のカメラで撮影したりと駆けずり回っていた。

日没と競争のように鬱蒼とした沼縁で、レトロ調の衣装を身に付け楽器を手にしての撮影だった。
テーマは旅芸人が道に迷って沼縁で心細く休んで、いつしか楽器を弾き始める、と言ったもの、テーマと言うより物語になってしまったか。
もうここで即興で本番を初めても楽しそうだった。

2008年9月14日日曜日

シアターΧに懐かしい人達

両国にシアターΧに足を運んだ。

遠藤拓郎氏の「小栗判官」を観に行った、遠藤さんとは以前、演出を受けた事もあるし麻雀も良くやってたのに。挨拶をしたのだがどうも僕を認識をしていない感じだった。
後で聞いたのだが、僕が来ていたとしったら遠藤さんは驚いていたとか。彼の中では僕は25年前の青年のままなのかも知れない。

でもその方が素敵なので、いつまでもそう思っていて貰いたい。僕の心持ちは若いときと何も変わっちゃあいないのだから。

舞踏を多用した「小栗判官」なのだが、遠藤さんも変わっちゃあいないので少し嬉しくなった。でも今観ると人の世の深みを感じてしまうのは何故なのだろう。遠藤さんの作る世界は中世を題材にした物が多いいが、実は近代のその先を見詰めているのかも知れないと。
孫ぐらい若い人達と芝居を作る彼は、僕が若いときと変わりないと、舞台を観てそう思えた。

話せば長くなるので、芝居の感想は後で直接みんなと話したい。

2008年9月2日火曜日

しばらく話が盛りあがる

あの懐かしい王子小劇場まで、競泳水着なるところの「真剣恋愛」なる芝居を観てしまった。王子小劇場はUMP TEMPの旗揚げの時の劇場だ。

その時の公演は客が来すぎて詰めに詰めて芝居をやった。そして劇場の人に怒られた。感謝されるのだとばかり思っていたから、何で怒られたのか分からず呆然とした記憶がある。
小劇場には20年位遠のいていたから、世の移り変わりについて行けてない、浦島太郎状態だったんだろう僕はきっと? ?そんなあまり良い印象がないので、芝居の感想も変な事を書きそうで怖い。

観劇後、観てはならない物を観てしまった物同士で酒を飲み、観てはならない物の事に話が弾んだ。あの芝居を観たのだから小劇場の芝居はどんな芝居でも許せる思いだ。少し心が広くなった気がする。感謝 

最後に劇団「競泳水着」のロゴに描かれている水着の胸の谷間は、僕のセクシャリティーとは少しずれている。にしても、ここの作・演出家さん、あんたセンスむき出しで潔し。

2008年8月23日土曜日

観劇は忙しすぎる

今日は田町まで劇団レッド・フェイスの「ブルーライオン」を見せて貰った。
次回作に一緒に芝居をする女優が二人出演していたので観に行った。

稽古場を改造した劇場だと言ってたがそう悪くわない。芝居の物語は上手く伝わらなかった。気が付いたのだが僕はあまり台詞をまじめに聞いていないのかも知れない。だから話しについて行けない。
僕が劇場の中で信じられるストーリーって奴は、先ずはアクシデント。それと役者と役者の間に発生する言葉にならない関係性。
やはり、その先の関係の展開を観たい知りたい感じたい。
言葉は嘘を付く。
役者はもっと大嘘つきだ、台本読んで最後まで知ってやっているのだから。
芝居だからと言って、知らない振りを客にさせないでくれ。

ギャグネタもふんだんにあったが、前列の一団が大笑いしていたので、僕は繁々彼らを観察していた気がする。

僕は芝居で何を見ているのだろう、上を見ては灯体の数を数えてたり、舞台の塗り忘れの白身を調べてたり、役者の履き物をチェックしてたりと、そりゃもう忙しいもんだ。

2008年8月12日火曜日

何とも懐かしい芝居

本多劇場へと流山児事務所の「由井正雪」を観に足を運ぶ。
本当に久日ぶりの流山児の芝居だ。
かつて2度ばかり観た記憶があるが、どんな内容の芝居か定かではないほど昔だ。
流山児の芝居は本多劇場の間口ではスカスカになるだろうなと思っていたら、その通りだった。
歌や群で踊ったり賑やかに空間を埋めているのだが、どうも内容が満ちていない。
色々演出の手管は使っているのだが、とってつけたような物で、あまり面白みは感じなかった。また直ぐに忘れてしまうだろうな。

それにしても以前勢いがあって好きだった俳優が出ていたのだが、芝居の仕方が叔父さんになっていてびっくり、まあそれだけ時間が経ったという事なのか?

最近、僕は昨日病に掛かってしまったようだ。何十年前の事が昨日の出来事のように思えてしまう。あまり良い感じではない。

2008年8月9日土曜日

チンチン電車に揺られて

早稲田から都電に乗り、昔の仲間がやる芝居を観る。
寸劇は都電の中で行われた。役者も揺れながら、観客(乗客)も揺れながら早稲田から三ノ輪まで空間と時間を共有する。その事がすでに演劇的で面白かった、内容は東京の大空襲の話なのだが、内容のメッセージがダイレクトすぎて、都電ののほほんとした雰囲気と上手くかみ合わない感がした。

細かい事を言えば色々あるかも知れないが、都電の窓越しに観る外の景色と、話柄をダブらせると、いやでも想像力を刺激された事は確かだ。

2008年7月17日木曜日

また一つ重くなった

本日はチラシを担いで、ミーティングに向かう。だが女性陣は誰も来ず、何だむさ苦しい奴ばかりで、話題もむさ苦しい、谷君もっとぽんぽん喋ってくれ。暑いんだから。そこへ新参加の岡部君突如現る。いいねやっぱり若い男は新鮮だね。しかし、レッド・ツェップリンやジャニスの話を揚々とするな、生まれてもいなかったくせに。若いあいつらから観ると僕はどんな存在なんだろう?大いなる疑問だ。

そう、今日聞いた。先輩の中村方隆さんが亡くなった。35年前、僕と入れ違いに黒テントを離れた人なんだけど、旅先で良く芝居の話をしてくれた、希有なほど穏和な優しい役者だった。彼の伝説は沢山残っている。しかし善人は早いな67歳だった。
ああ又背中がずしりと重くなる。沢山背負ってしまったぞ。まだまだ脳天気で芝居をしていたいのに……重くなる。ああ無情 南無三。

2008年7月12日土曜日

芝居の感想

もう一つ、最近観た芝居の事を書き残そう。

7/1 シアター代官山へ「母の桜が散った夜」を観に行った。
ウンプテンプ・カンパニーの蜂谷が客演していたから、何となく心配で観に行った。心配は的中。

芝居と言うよりタレントのお披露目会とスクールの発表会が合わさったようなモノだった。 唐突にダンスシーンが有ったり、歌を歌ったりと、何がしたいのか見え見えになってしまっている。

とは言っても作・演出は森本某という、若いときに唐組に居たとかいう奴。今はれっきとした映画のシナリオライターなのだ。にしては台本がひどいぜ、どうひどいかは敢えて言いたくもないが…。
まあ、演劇はホームグランドではないから手を抜いて書いたのだろうと思うと納得できる。
プロダクション関係の女の子を使っているが、実物の方が圧倒的に魅力的だ。蜂谷は、ちゃんと芝居をしようとしていたのが救いだった。

舞台はそんなに甘くないぜ。と拘っている僕はもうすでに時代錯誤なのか?いや、もしそんな時代ならこっちから願い下げだ。
芝居に不純なモノを入れたくないと思って作ってきた僕が馬鹿に思えるほど、不純の固まりのような芝居、ぬけぬけとここまで来ると商魂のたくましさが立派と思えてしまう。芝居を見終わって、暫く忘れていた業界人の厚顔な面を思い出した。
「もっとちゃんと芝居をやろうよ」と当てもなく呟きたくなった。

観劇してしまった。

観劇の感想を書こう。
空はどんよりとした梅雨空だが、気分はそんなに悪くない。
神楽坂ディープラッツに出かける。gucci&bocciの『戸惑いの午后の惨事』 を観にだ。
次回作の「三日月のセレナーデ」に参加予定の役者が出演するから、少しワクワクしていたかも知れない。

僕としては珍しく律儀に開場時間に間に合うように受付に行くと、美術家の蟹江杏が「早いね」と言った。確かに客は僕しかいなかった。取りあえず劇場に入って席にカバンを置いて、横目で美術セットをちらりと覗き、外でたばこを吹かしていた。ごちゃごちゃしてた今までのセットとは少し趣が変わりこじんまりとすっきりと飾ってあった。二間ぐらいの八百屋盆は役者が動きにくそうだと思ったが、胸の内にしまっておいた。

芝居が始まるとライトショーが暫く続き、音楽と共にセットを綺麗に浮かび上がらせている。
そんなケレンは本筋と関係ないだろうなと思っていたら、やはり上手くコミットはしていなかった。でも綺麗だったからヨシとするか?
全体的にテンポは快調で小気味は良かったのだが、緩急やメリハリの計算が下手なのか一本調子に思えた。出演者は皆演じる事が好きなのだろうが、行動の動機が無いと言っては身も蓋もないので、大げさと言う言い方が的を得ている。芝居がオーバーになる事と過剰になる事では雲泥の差なのだが、どうしてもオーバーになってしまっていた。僕のような人間はもうついて行けなくなる。
丁寧に作った感はあって良かったのだが、どうしても演劇の世界が自閉的になってしまうのは、演劇の在り方を根本から考えさせられる。
良くも悪くも若い芝居なのかも知れない。芝居を掘り起こしたり、劇構造を構築する技量が求められるが。センスが面白いだけに惜しい。
ラストの演出の思いつきも面白いのだが、詰めが甘く、思いつきに見えてしまう。言い出せばきりがなさそうだ、と、言う事はそんなにつまらなくはなかったのかもしれ無い。